Cataphora

これまでのこと、これからのこと

走馬灯

人生において「充実した一週間を過ごす」というのはとてつもない確率の上に成り立った、偶然の一致によって起きる経験だと思う。

今週を振り返ると、僕は毎日が充実したと感じていたのだった。
毎日、もうしばらくは会えないであろう人たちとご飯を食べにいったり、花火をしたりしながら夜遅くまで語り明かした日々だった。

大きなことを成し遂げたと言う達成感ではないけれど、些細なことの積み重ねによる幸せで、自分は十分だったし、充実していたように思う。

明日への楽しみや期待、渇望などが不安や心配といったネガティブな要素を取り払ってくれていたこと、自分のイメージと現実とのギャップが、実は予想よりもずっとポジティブな方向に修正されていったことは、「塵も積もれば山となる」と言うのは何か形にならない、もしくは目には映らないものにも言える事なのだなと再確認した。
これを読んでいるみんな、周りの人は絶対に大切にしよう。
それは鏡となっていずれ反射る(かえる)のだ。お兄さんとの約束だぞ!

振り返れるのは楽しかったことだけではなく、ここ数年続けたアルバイトもそうだ。
朝のアルバイトを辞め、これを書いてる明日には時間帯責任者をはじめ、なかなか経験させて貰えないことも多く経験した場所を辞めることになる。
前者は自分の苦手としている部分をあえて克服するのに役に立ったし、後者は特に正直に言うと最初はかなり出来の悪い従業員だったと思うが、忍耐強く見てくれ、自分自身の成長に優しく寄り添ってくれたように思う。業務内容の理解というよりも、人としての成長や今後の生き方についての参考になる点を多く、無意識のうちに学べたのは時給以上のメリットがあったはずだ。感謝は尽きない。

またそれだけではなく、地元に愛着はなかった自分が、この数年でその考えを撤廃することができたのも、振り返ると大きな変化だった。
自分は二十歳頃までそういう状態であった為、内心自分のことを「薄情だな」と思っていたけれど、地元に帰った時に家以外に「気軽に寄れる場所」がちゃんとできたように感じられる。

来週には数年ぶりの一人暮らしが始まるけど、昔に抱いた反省点を挽回するチャンスが来たし、ちゃんと帰れる場所があると感じれるので、もし仮にやっていけなさそうなことが起きても、昔とは違って余裕のある日々を送れるはずだと期待している。
もちろん優先するべきは学業と将来への布石。

楽しんでやろうと思う。

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